2016年5月3日火曜日

餌だけでなく家を与えてほしい


僕は餌やり行為に対して批判的だが、実を言えば、野良猫(ホームレス・キャット)に他の誰より容易に家(ホーム)を与えられるのは、餌やり人である。何と言っても、猫たちは彼らを頼りにしているのである。逆に言えば、餌やり人以外は警戒されるため、猫に近づくこと自体が難しい場合が多い。餌やりの弊害には、餌やり人より以上にその猫を愛せる人が近づけない状況を作っている、という点もある。

僕は何度か彼らに、猫を路上から拾って家で飼うよう勧めたことがある。しかし彼らの返事は決まって「無理だ」というものだった。彼らはこんなふうに言う――「夫が猫嫌いだから」「町に動物の姿がないのは変だ」「外にいようと、この猫たちはうちの子」。 最もありがちな返答は「飼わないよ。だって、野良猫だから」というものだった。

家猫はペットショップで売っている血統書付きの動物で、野良猫は売る価値のない動物だと考える人は少なくない。家猫と野良猫は違う種だと思い込んでいるのだ。僕が「猫は猫ですよ。みなさん、猫のことを家猫と言ったり、野良猫と言ったり、地域猫と言ったりするけれど、みんな同じ種類の猫なんです」と説明すると、苦笑いをされた。

以前ある街で、前脚の折れている野良猫に出会った。周囲の状況から、その猫はあるバーから餌をもらっていると推察できた。ドアをノックしてその店の主人に会い、猫の怪我を治療する気はありませんか、と尋ねた。僕は、治療費の半額を負担すると申し出るつもりだった。しかし彼は、治療と聞いた途端に不機嫌さをあらわにし、こう言った。「ただ餌をやってるだけなんでね。野良猫なんだし、自分には関係ないんだよ。じゃあ、もう仕込みをしなくちゃいけないんで!」

何人もの餌やり人たちと会話を交わした経験は、僕にある洞察を与える。それは、残念ながら悲観的なものだ。今では僕は、餌やり人を減らすことが、野良猫の数とその悲劇を減らす第一歩だと考えている。餌やり人はほとんどが中高年である。もし次の世代が安易に餌やり人になろうとせず、野良猫を家族の一員として歓迎するようになれば、可哀想な野良猫はどんどん少なくなるだろう。

猫を家族とみなすことは擬人化だと冷笑され、批判されるかもしれない。けれど僕は、もし私たち人間に擬人化の感覚がなければ、どのようなものに対しても愛など存在しないと考えるのである。


2013年8月20日 東京都内にて撮影 ©Naoto Shinkai